2018/10/04(Thu) 19:14

消したい記憶

誰にでも、消したい記憶というものがあるだろう。
それは例えばとても恥ずかしい失敗だったり、例えば誰かを傷つけてしまったり、例えば嫌がらせを受けて不愉快になったりと、理由は様々だけれど。
僕にも、そんな記憶がある。どれか一つだけ消してやる、と言われたら迷わずコレ!と言える記憶だ。

もう15年くらい前になるだろうか。
現在はツマの人になった人と、どこかでキャンプをしていた時のことだ。もう場所は忘れてしまった。
当時の僕らはまだ自分のキャンプスタイルが決まっていなくて、派手な色のイスを持っていったり、イスを持たずにレジャーシートに座ったり、イレクターパイプと風呂のフタで作ったテーブルを持っていったり、といろいろ試行錯誤していたような気がする。今と違って、常に酒が手元にあるということはなかった。

夜も更け、しんみりと時を過ごしていたときだ。
かなり離れたところで、大学生だろうか、10〜15人くらいのグループが突然叫び出した。
それまでは普通に酒を飲み会話を楽しんでいたのだろうけれど、突然、本当に突然、
「パパヒュー、パパヒュー、パパヒューヒュー! 男の中の、お♪と♪こ♪」
と全員が大声で叫びだしたのだ。
なんだなんだなにごとだ、と振り返ると、今度は
「パパヒュー、パパヒュー、パパヒューヒュー! 女の中の、お♪ん♪な♪」
と来た。そしてそれが幾度となく繰り返されるのだ。
遠いから、迷惑というほどのうるささではない。けれど1時間も続くと、だんだんうんざりしてきた。
これはまさか夜中まで続くのだろうか、でも注意しに行って10〜15人に取り囲まれ、寄ってたかって殴られた上に身ぐるみを剥がされ、タープのポールを器用に使ってキリストのように磔にされ、その周りで輪になってパパヒューパパヒューと踊られたらいやだなあ…と思っていると、その騒ぎは何の前触れもなくピタリと収まった。時計を見ると、そのキャンプ場で消灯時刻とされている22時だった。
ふむ最近の若い者は無遠慮無作法傍若無人と思いきやなかなかどうして感心感心…と、僕らはその日は安心して眠ったのだった。

しかし、それから何年経っても耳から消えないのだ。あの「パパヒュー」が。
キチンと区画されていてハイあなたたちはここ!この枠の中!と押し込められるキャンプ場でも、野っ原の適当な所にテントを張るキャンプ場でも、他に誰もいない寂しい林の中でも、水面が静かに揺れる湖畔でも、ツマの人といるときも独りでいるときも、ふとした瞬間に向こうの方から「パパヒュー」が聞こえてくるのだ。はぜた焚火の火の粉がスイと夜空に吸い込まれて行く静かな夜も、驚くほど月が明るくてランタンなどいらないねえという寒い夜も、遠くからパパヒューが聞こえてくるのだ。台無しなのだ。

そんなわけで、僕はこのパパヒューを記憶から消したい。
このパパヒューのせいで僕はグループキャンプが嫌いになり、大きなテントをいくつも並べている一団を見るとつい「彼らもきっとパパヒューなのだ、そして夜が更けると男の中のお♪と♪こ♪と叫ぶのだ…」と眉をひそめてしまう。

薬でも手術でも、なんだったら突発的な事故でもいいから、いつか僕の記憶からパパヒューが消えてくれないだろうかと、切に願っている。

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