かつて、岡山駅の新幹線ホームにはとても旨い、けれど名もないうどん屋があった。
立ち食い形式だけれどそのうどんは本物で、ぐいっと噛むとエイヤと押し返してくる、とても腰の強いものだった。僕は岡山出張の帰りにはいつもそこに寄るのが楽しみだった。
しかし、かつて、と書いたとおり、その店は今はない。
かわりに「ぶっかけ ふるいち」という店ができた。倉敷では有名なのだそうだ。
できたと言っても以前の店のいわゆる居抜きなので店の作りは変わらず、ただ商品が少し華やかになっているようだった。
以前あったようなシンプルなうどんはなく、どれもやや変化球気味のメニュー構成でどれを選んだものかと逡巡する。ようやく、きざみぶっかけ、という何を刻んであるのだかわからないものを選んだ。
うどんは、旨い。以前の店と違うのかどうかは、もうだいぶ時間が経ってしまったのでわからない。
具は、甘く煮た椎茸や昆布が刻まれており、これが商品名の由来だろう。
他には薄く堅い油揚げのようなもの、かまぼこ、卵などが載っていて賑やかだ。しかし、と僕はここで腕を組んで厳かに囁いた。
甘い。椎茸昆布油揚げが、ベッタリどよん、と甘く口に残る。どうにも受け入れがたいけれどこの辺りではこういう味付けが好まれるのだろう、と何度か頷き、残りを食べる。
馴染みのない味付けを、好みじゃないとか不味いとか言って楽しまないのはとてももったいない。このようなものを食したのは初めてである、なるほど僕は今確かに異国の地を訪れているのだ、おお目蓋を閉じれば浮かぶ懐かしき我が故郷よ…としみじみ味わうのが旅の楽しみかただ。
そんなことを考えているうちに、汁まで飲み干してしまった。ああ旨かった、と自然に呟く。同時に新幹線が颯爽とホームに現れた。
僕はこれから3時間半かけて、岡山を消化しながら東京に向かう。着く頃には軽くお腹が空いているだろう。
けれど、やり残した仕事を消化するには少し時間が足りなそうだ。
僕は、PCの電源を入れて、少し甘いため息をついた。