ミサとサワコ

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最近はケータイのメール画面を見られることに抵抗がない人が多いんだろうか、実に見やすい高さと角度でケータイを構えてメールを打っているものだから、なんとなく視界に入ってしまう。
見ちゃ失礼かな…とも思うけれど、さあ見ろほら見ろと突き出されたらどうしたってチラ見しちゃうのが人ってものなのだ。
今日も、朝のラッシュで混み合った電車の中、ミサ(仮名)はメールを打っていた。
僕はいちおう目を逸らすけれど、瞬間的に、視界の端から文字を拾ってしまう。

ったんだよ。サワコは悪くない。テツヤの行為はサワコに対する裏切りだよ。

う…裏切り?
なんだか朝から物騒だなあ。

サワコは頑張ったよ。一晩中泣いたこともあったけど、それはサワコが頑張った証拠だよ。
なんだかサワコ(仮名)さんはテツヤ(仮名)に酷いことをされたらしいな。ちくしょうテツヤめなんてことしやがる。会ったことないけど。
もうサワコは自由なんだよ。だから自分のことだけを考えていいと思う。自分が幸せになることを考えようよ。サワコはもう充分頑張ったよ。
サワコさんは、なんとかとにかく頑張ってテツヤとは別れられたらしいな。安心したよ。テツヤは酷いやつだからな、別れて正解だ。 でもサワコさんは、長年つきあったテツヤを捨てるような形になってしまって、少しだけ、自分を責めているのだ。

心を入れ替える、もう酷いことはしない、だから、
やり直そう。
テツヤは寂しそうな顔ですがりつくけれど、

サワコはつぶやくように言った。
「ありがとう。最後にテツヤがそう言ってくれたこと…、嬉しいよ」
そうしてサワコは、驚くほど小さなバッグに詰まった自分の荷物を肩に掛け、
テツヤのアパートから去って行った。遠くから聞こえる霧笛が少しだけサワコの心を乱したけれど、サワコは決して振り返らなかった。
サワコは、今日あたりは少し暑いけれど、まあ画的には長いコートの襟を立ててそこに顔を埋めるようにうつむき、歩いてゆくのだ。サワコは泣いているのかもしれないけれどそれは誰にもわからないのだ。

ミサはメールを続ける。

またいつでもメールしてよ。泣きたいときは一緒に泣いてあげる。人は、泣いた分だけ、幸せになれると思うから。涙の数だけ、幸せになれると思うから。

…あれ?
なんだか安っぽくなってきたな。なんかのパクリっぽいぞ。

ミサは送信ボタンを押すと、一冊の恋愛小説を読み終えたような手つきでパタンとケータイを閉じ、ほう、とためいきをついた。
僕は少し腹を立てた。ミサはサワコさんを励ましていたけれど、だんだん自分に酔ってきていたのだ。ミサめ、お前ほんとにサワコさんが心配なのか? どうなんだ、ミサ。ほんとうは自分の三流恋愛ドラマじみたセリフに酔っているだけなんじゃあないのかい?
しかしミサは僕の問いに答えることなく、電車が駅に着くと雑踏に紛れて消えてしまった。

そのころサワコは、ケータイショップに立ち寄っていた。番号を変えるとかではなく、もうさっぱりと解約してしまうつもりだった。
「あの…、これ、解約したいんですけど」
「はい。あ、お客様、メールが届いているようですよ?」
「え? ミサから…。すみません、ちょっと待っててください」
きっと、ゆうべ送ったメールの返事だ。
サワコはためらいがちにメールを開いた。

ミサは、
なんて言うだろう。
何度もミサが警告してくれたのに、
何度も酷いめにあったのに、
それでもテツヤを信じ続けた馬鹿なわたしを、
ミサは、
なんて言うだろう。

けれどミサは、
最初に、こう言ってくれていた。

「サワコは、頑張ったよ」

「ミサ…」
サワコはケータイを胸に抱き、泣いた。

と。
ここまで想像したところで僕が降りる駅に着いた。
サワコさんが幸せになれますように、っと。

2011年10月

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このページは、たたなかが2007年5月29日 20:29に書いたブログ記事です。

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